「どうにかしてもっと売上をあげたいのだけど、どうしたらいいかわからなくて。何かいい案がないか、相談にのってもらえませんか?」。
ウェブ活用から派生して、飲食店から集客の相談を受けることが増えてきた。提案のヒントを得るために店舗内に来店客を装って居座っていると、従業員の接客対応の悪さがやけに目につく。そこまで大混雑していないにも関わらず、お客様が困っていたり、従業員に声をかけようと目配せしていたりしても、その様子にまったく気が付いていないのだ。サービス店の経営にあまり詳しくない私であっても、原理として接客がよくない店舗では一度訪れたお客様がリピーターになりにくいというのは理解できる。ウェブやチラシなどで数十万円単位のお金を投じて集客しても、お客様が一度きりの来店で次につながらないのではコストばかりがかかってしまう。

更にヒントを求めて、帰り際に書店に寄る。接客といえばホスピタリティという安直な思い込みから『ホスピタリティの正体』という本を手に取り、購入する。さっそくページをめくると、わずか2ページ目にして本質的なことがズバリ書かれていて、衝撃を受ける。書籍によると、日本の人々はホスピタリティをサービスの上位互換と捉えていることが大半だが、実際は似て非なるものだというのだ。ホスピタリティの語源はhostile(敵)であり、ホスピタリティとは緊張関係にある相手と戦わないようにするためのことを指す。“相手の状態に合わせて”ものごとを“想像していく”ことを書籍ではホスピタリティと定めていて、対してサービスは提供側の主体性をなくし、誰に対しても同じコトを提供する鵜奴隷的状態であると著者は言う。しかし、日本の若者は、マニュアル習得は得意でも、ホスピタリティを身体的に理解できないという。だが実際には接客が優れていると評されるホテルや店舗はいくつもある。どうにかして本当の意味でのホスピタリティを身につける術はあるのではないだろうか。

解決の糸口が見いだせず元師匠に相談すると、自身が執筆している経営コラム『SOLID AS FAITH』のある1話を紹介してくれた。“贅沢な時間”(http://tales.msi-group.org/?p=389)と題された号には、ホテルにおける新卒者への人材育成法について書かれている。ホスピタリティが理解できない若者を、ホスピタリティが提供できる人間に育てるためには、実作業をたくさん処理させるのではなく暇な時間にお客様をじっくり観察するように教育するという。「最初のころは、お客様が困っていてもなにもさせないで、この場合はどうするのか……ということを延々と考えさせるらしいよ」と元師匠は付け足して言う。確かに、チェーン店の居酒屋とホテルでは実際に行なうオペレーションの量が大きく異なる。
「でも、その理屈だと人が少なくて1人あたりの従業員が行なう作業が多い店舗ほど、ホスピタリティが発揮できずに満足度が下がってしまうっていうことですよね」と思わずつぶやく。零細店舗ほど人による差別化を行なうべきにも関わらず、ここでもまた実現に向けた障害が立ち塞がってしまう。

後日、よく訪れる個人経営の居酒屋の方から、雑談交じりに店舗におけるIT活用の相談を受ける。開店してから1年が経ち、新規顧客の集客は地元に根付いたフリーペーパーやチラシのポスティングである程度の成功をおさめており、新規客をリピーターに変えるためのしくみづくりの一環として顧客管理を行ないたいということだ。以前知り合った有名な女性コンサルタントが、ある高級そば屋で受けた接客が素晴らしくて心に残っているという事例を思い出し、店主に伝える。
「かなり久しぶりに訪れた蕎麦屋で、席に着いて早々“前回お越しになった時は、雨が降っていましたね”と言われたことにひどく感銘を受けたそうですよ。そういった対応も、来店履歴を取るようにして、接客をする際の必須の声掛けとしてマニュアル化してしまえば、高校生アルバイトであっても経営に手練れの人物を感動させることができるということだと思います。サービスはマニュアル化できますから」と言いながら、以前読んだ『「最強のサービス」の教科書』という書籍を差し出す。書籍には、高品質なサービスで有名なサービス店の事例が、何店舗か紹介されている。加賀屋では、機械化やマニュアル化を進めて生じた余力で、人にしかできない作業を行なうようにしているそうだ。そのためには、まずは何が人でなくてはできないことかを明確化する必要があると書かれている。

人の記憶力や情報の伝達力には、いくら優秀な人材であっても限界はかならずある。一方で、中小零細は人による差別化を図るべきであるにも関わらず、現実的には優秀な人材を雇うことは難しく、人数もそれほど多くは雇用できない。つまり、どう考えても、何もしなければ余力が生まれにくいというのは避けられない状況であることは確かで、たとえば経理部門やお客様との接点を減らさない範囲でのオーダー方法の簡略化など、可能な範囲でできる限りの自動化を進めていくことは必須といえるだろう。しかし、ITは情報の記録や伝達の効率化をすることは長けているが、さじ加減で判断しなければいけないようなケースや、そもそも何を情報として蓄積すべきかの判断を行なうことは、基本的には苦手な分野であるため、当たり前のようにすべてを自動化させることはできない。記憶や伝達の部分をITに頼り最低限のサービスを仕組化することで、目の前のお客様への思考や情報収集を最大化させることhはできるのではないだろうか。

一般論で人も多く、余力が生まれやすい大手チェーン店居酒屋であっても、オーダーを座席の端末で自動化することでホールの作業自体を更に簡略化し余力を作り出そうとしているが、だからといってホスピタリティが充実しているとは言えない。お客様との接点を減らしてしまっているから、お客様が何か問題を言い出すまで気が付けないことが多いためだ。人による差別化は、お客様の望むもの以上のものを提供することで、顧客満足を生み出した結果できあがるものである。そのためには、実際の来店客をよく観察することで、本当の意味でのホスピタリティを実現する必要がある。あえてお客様との接点を減らすという、逆行する戦略を相手がとっているからこそ、大手がなしえない顧客への驚きを提供するためにある程度の仕組化をすることは重要な戦略のように思える。