「新卒採用もマーケティングと同じ。採りたいと思う学生がいるところに、局地的にアプローチした方が効率がいい」。元師匠を講師に招き開催したローコストで行なう中小零細企業の採用活動についてのセミナーで、採用活動は会社に出勤しやすい地域である程度偏差値の高い大学に、直接求人票を持ち込むことを推奨していた。私が前職で担当していた採用活動は、新卒者向け巨大ポータルサイトを用いて特定の大学に向けてメールを配信する方法で告知するという所謂テンプレート化された新卒採用活動を行なっていた。採用に投じるコストは企業の純利益から考えた時に、無視できない額になる。採用した学生1人あたりの採用コストは100万円を確実に超えていた。莫大な金額を投じているにも関わらず、4度の面接を経て入社した新入社員の中には、半年で退職してしまうこともあった。それとはまったくかけ離れた手法で一定以上の効果を出していると聞き、目から鱗だ。

企業にとっての採用活動も、学生にとっての就職活動も記号化しているように感じる。採用活動といえばリクナビやマイナビに広告を出して会社説明会を開き、数度の面接とSPIを組み合わせて行なうものだと認識していた。私自身の就職活動もある種テンプレートに沿ったものだったので、特に疑問視したこともなかった。ただ、巨大ポータルサイトを利用した採用活動は何をするにも追加コストが発生し、費用がかかる。その割にどういったことを伝えれば学生側に響くのか企業側もあまりよく分かっていなかったりする。ビッグデータを学んだときに出会った記号論という考え方にはまり、書籍を何冊も読みあさっていたが、『消費の記号論』という書籍に企業そのものが自らの企業イメージを演出せざるを得ないような状況が生まれているという趣旨の記述があった。企業側が学生も含めた外部から企業に対する“記号的イメージ”を意図的に作り上げていく必要があるということだ。大手企業には企業の“記号的イメージ”を戦略的に考える担当者がいる。計算づくで発信された企業情報に基づいて学生は企業研究を行ない、具体的にどういった箇所がその企業にとって強みであるかを理解する。しかし、中小零細企業には外部への印象作りを意図的に組み立てて情報発信をする担当者がいないことが多い。そうすると、情報の受け取り手である学生が具体的な企業の強みを理解できず、学生の思い込みの範疇で理解されている中小零細企業の良さを強みだと理解し、誤解したまま選考が進むこととなる。

採用関係の情報発信を学ぶのはどうかと元師匠に勧められ、佐藤孝治著の書籍を薦められた。そのうちの1冊である『内定の原則』によると、大手企業や公務員などに安定を求める時代はもう古いという。現在就職活動をする学生が定年になる頃まで、大手企業が継続しているという保証はどこにもないため、自らの力をつけるようなキャリアプランを考えるのが良いと書かれている。具体的に成長できる会社とは

  • 責任ある仕事をさせてくれる会社
  • 目指すべき先輩がいる会社
  • 考えること(頭を使うこと)が多い会社
  • 人を育てようという風土がある会社
  • トップが魅力的な会社
  • 自分の身の丈に合った会社
  • 業績が伸びている会社

の7項目が挙げられており、その条件を満たす中小企業に入社するのが良いのではないかと言及している部分があった。最近の就職活動では自己分析が必須という風潮から見ても分かる通り、学生側は自己実現をベースとした自己成長を目的とした就職活動を行っている人も多くいるため、このような判断軸に合った情報発信の仕方を考える必要もあると感じる。

しかし、学生本人が何を求めたとしても、学生の両親や祖父・祖母世代においてはいい大学に入っていい会社に就職するのが幸せであると考える風習が強い。「いい」というのは、実態よりも世間的に名の知れている学校や会社であるということだ。仮に内定を出したとしても、周囲の人間(特に親世代・祖父世代)から中小零細企業に対する“根拠なき”ネガティブな評価や慰留が発生する。もし本人がわずかでも不満を持っている状態ならすぐに同調してしまう。そのようなことを避けるためには、会社自体にネガティブな評価以上の求心力が必要になってくる。小阪裕司著の『「買いたい!」のスイッチを押す方法』によれば、消費者が商品を購入するにあたり意欲とリスクの2つのハードルがあるという。しかし、どのような状態にあっても感情が「買いたい」と思えば行動に移すのだそうだ。「安いからものを購入するのではなく、消費者は未来の自分を購入する」とも書かれていた。著者はそれを“情動は理性に勝る”と表現しており、情動のきっかけは情報であるとしている。例えば、ワインに詳しくない人に高級ワインを紹介しても分からないかもしれないが、産地や作り手などの価値基準の情報を伝えることで高級ワインがいかに素晴らしいかを理解できるようになり、購入したくなるという。学生の就職活動に当てはめると、中小零細企業が発している情報が少ないために、リスクを背負わないように単純な福利厚生や給与などという大手企業と同じ軸で企業を判断してしまう。「中小零細企業だから」「大手企業よりも福利厚生が劣るから」という理由で新卒者が入社しないと決めつけるのではなく、学生が入社後の将来の自分自身を思い描けるような情報発信を行なうことで、中小零細企業のもつ属性は学生にとっても魅力となり得るのである。十分にその魅力を伝えた結果として、明確な意図をもって働く学生を採用できるのではないだろうか。