「この本、良い本だから読んでみてよ」。
クライアントの社長が「知人から貰った」という本を差し出す。
「あ、この先生、そういう界隈ではとても有名ですよね」とつぶやきながら、“夢を実現する”類いの書籍を手に取る。著者の書籍やセミナーには私自身一度も参加したことがないが、著者のファンである知人や友人が何名かいる。帰宅途中の電車内で早速本をめくると、「大切な人生の時間を使うのであれば、ワクワクしながら生きていこうと決めた」という著者の決意通り、要所要所で“ワクワク”という言葉が頻出する。どんなことが起きても常にワクワクする習慣をもてば、これからの人生が全てうまくいくというのが信念だそうだ。すべての人が夢にあふれた——著者の言葉を借りるなら、全世界の人々が好きなことを仕事にして、日々ワクワクしている——状態になることこそ、著者の夢と書かれていた。
「好きなことを仕事にする、かあ。確かに、理想的ではあるけど」。周りから見ると、私も学生時代からずっと好きだったPC関係のことを仕事にしているので好きなことを仕事にしているように見えるらしいが、新しい案件に向かうときなんてヒヤヒヤする気持ちしか湧かないものだから、思わず懐疑的な気持ちが声に出てしまう。

もし仮に、全世界の人々が自分の好きなことを仕事にしたとしたら、人々が好んでやりたがらない仕事はどうなるのだろうか。誰に褒められるわけでもないのに、毎日環境的にも体力的にも精神的にもきつい仕事を、思い込みや感情の抑圧なしで楽しくてワクワクできるような人は限定的なように思う。以前読んだ“好きなことを仕事にする系書籍”である『残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法』(橘玲著)を思い出す。橘氏によると、厳しい世界で生き残るためには、専門化した強みを広い市場に持ち出していくことが必須だという。それをやり遂げるためには並外れた努力が必要となるため、好きなことを仕事にしないと続けていくことができないと、消去法で判断しているのが切り口として異なるところだ。書籍の中に、一卵性双生児を1人ずつ全く異なる環境で育てたにも関わらず、数十年後に双子同士を引き合わせたところ、共通する癖をいくつも発見したという事例が載っている。そのため、実際には知能や能力、性格などは環境が原因で構築されるのではなく、遺伝子レベルで決まっているのではないかという仮説が、事例を根拠に提示されている。性格や趣味趣向が遺伝子で決まっているとするならば、好きなものやワクワクするものもほとんど遺伝子で決まっているということになる。遺伝子として好きなものは環境によって変わらないとすれば、好きな仕事も嫌いな仕事も生まれた時点でもともと決まっているので、動機づけがまったく必要ない世界になるのではないだろうか。だとしたら、「ワクワクしている状態を保つ努力」すらも必要ないのかもしれない。

ある日、知人がfacebookで「お金がない」と書き込みをしていた。その知人は大手企業を退職し、好きなことを仕事にするために独立した。独立のきっかけは、とある起業スクールのプレゼン大会で1位になったことも関係すると噂で聞いた。その起業スクールは聞いたところによると、「ワクワクすること探し」から始めるカリキュラムになっているようだ。ワークを通じて“苦労して”見つけ出したワクワクすることを仕事に結びつけた結果、売上があがらなくて「助けて欲しい」「仕事の依頼」が欲しいというつぶやきをfacebookのグループでしているのを、知人のみならず何名も見かける。苦難の状況をシェアして承認してもらうことで心のわだかまりを無くして次に進んでいくのがその団体のメカニズムらしい。ワクワクとした状態づくりの目的は、継続的に努力して稼ぐためではなく、ストレスと向き合わないようにするためだったように思える。

書店に行き、タイトルに惹かれて手に取った『起業家精神に火をつけろ!―会社のために働くのではなく、あなたのために働いてくれる会社をつくる7つのルール』を読むと、スモールビジネスの権威である著者はテクニカル面・メンタル面のどちらについても正しい方向を知った上で努力を行なわないと、スモールビジネスは成功しないと説く。正しい努力は、時にワクワクしなくても、向き合いたくない感情があったとしても、乗り越えていく必要があるのだと実例を交えて説明している。もし、常にワクワクしている状態づくりを最優先した場合、乗り越えられない壁を残したまま、限られた範囲で限られた仕事をやり続けることになるのではないだろうか。そうだとすると、ワクワクしている状態だから夢が叶うというのは逆説的で、むしろ夢が叶った結果、振り返ればワクワクしている状態も多かった、ということに過ぎないような気がしている。