「人類発祥の地、アフリカ」……。
 そのような言葉から、映画『ダーウィンの悪夢』は始まります。“怖い映画だから”一度は見た方が良いと薦められてから、DVDのパッケージを見るたびに気が重くなり、半年間くらいは寝かせたままでした。『ダーウィンの悪夢』は、アフリカのいまを映す、ドキュメンタリー映画です。2004年に公開され、アカデミー賞にもノミネートされたことがあります。冒頭の言葉とは裏腹に、最先端の技術・先進国の生活とは真逆の、アフリカの現状を隠すことなく映し出しているのが印象的な映画です。

 冒頭の言葉に続き、海岸で大量の犬が死んだまま放置されているシーンが映し出されます。続いて、放置された生魚から湧き出る大量のウジ虫を気にもとめず、アフリカの人々は自分自身の作業を続けます。他にも、救援物資を奪い合ってケンカをする様子や、衛生環境を鑑みずに働いた結果、失明してしまう話など、いくつものアフリカの実態が映画では繰り広げられ、衛生面など気にもとめない様子や生々しい生活の様子が、押し寄せるように次々と画面に映し出されていきます。

 印象に残ったのは、アフリカの子どもたちの表情です。街灯もなく、舗装されていない土のままの道路に、家がないからと道端で眠る子どもたちは、「いつ襲われるかわからないし、車に轢かれて死んでしまうかもしれない」という怯えとも諦めともとれるような表情でカメラを見つめ、「不安で眠れない夜は、梱包材を焼いて出てくる煙を吸い込んで眠りにつくんだ。この煙を吸い込むと、不安なんて感じる間もなく眠りにつけるんだ」と、小さい男の子はいいます。中には、そのまま死んでしまう子もいると続けます。現状を受け入れ、今の状態の中で苦痛の少ない生き方はなにかを模索しているように感じられ、目の前の状況を打開していこうという気配は感じられません。

 アフリカでは、学歴を手に入れることこそが貧困からの救いの道だと定義されているようです。映画ではアフリカの売春婦にもインタビューをしています。彼女は、売春は貧困で仕方なくやっていると答え、「お金を貯めたらコンピュータの勉強をもっとしたい」と笑顔でいいます。命の危険に曝して夜警をしている元軍人の男性も「教育を受けていないから何件も仕事を断られた」と答えます。学びですら、よりよい将来を手に入れるための等価交換の対象としてしか見られていないのです。

 貧しくて学ぶことができず、学べないから高給な職業にはなかなか就けないという状況は、戦前の日本にもあったことです。以前、住み込みで奉公に出ていた女性の話を聞いたことがあります。大正生まれのその女性は、小学校は2年しか通うことができず、ろくに文字を書くこともできない状態で育ったといいます。10才にも満たない子どもが裕福な家の子どものベビーシッターとして働いていたそうです。一方で、華族や士族などの江戸時代から続くお家柄による区別も激しく、貧富の差は今よりも深刻だったようです。お金持ちは一握りの人のみで、今のアフリカの状況と似通っているにもかかわらず、日本は今や先進国になっています。

 日本が先進国になったきっかけでもある経済回復の理由は、戦後の高度経済成長を挙げることができます。高度経済成長の要因として、医療が発達したことで平均寿命が延び、人口が増えたことによるGDPの増加、資金再投資による経営の改善、教育の底上げという3つが挙げられています。根本的には、今あるものをよりよくしていった結果だと思います。日本は江戸時代の鎖国を通じ、新しいものがほとんど手に入らない状況の中で、今あるものをいかにして使いやすく、より良くしていくかを求められていたため、そういった考え方が根強く残っています。より良くしていくという考え方、物事の取り組み方があったからこそ高度経済成長のきっかけを作れたように思います。

 映画に映るアフリカの人々は、日々の暮らしに迫る危険に、対症療法的にしか対応ができていません。また、彼らの考える“学び”は、目先の仕事の中で、よりよい職業に就くための手段でしかありませんが、報酬や地位は努力の結果後から運がよければついてくるものだと思います。等価交換でない学びは、学んでいる最中はどのようなリターンが訪れるかは分からずに行なうものです。本質は目の前の状況に疑問を持つための判断基準を養い、解決のための仮説を立てるための材料集めを行なうこととして学ぶことができれば、アフリカもかつての日本のような成長が起こるきっかけになるのではないかと感じました。