「山口さんのPCの操作を後ろから見ていると、ジェットコースターに乗っているみたい。画面を見ているだけだと、早すぎて何をやっているかわからないよ」。
新卒で入社した物流企業で、私はデータ加工業務を担当していました。元々8人で担当していた部署を4人にまで削減したせいもあり、暇な時間をつくることなく仕事が次々にやってくるような環境で、個人個人に設定された月間の残業時間制限を超えないように大急ぎで仕事をこなすしかない状況。なんとかすべてをこなそうと努力した結果、業務に必要なショートカットキーを身につけ、マウスを触らずに作業をしていたときに通りかかった先輩からそう声をかけられました。
ルーチン作業は大得意。あるものを決まった方針に沿って改善するのも苦手ではない。でも、前例のないものを作り上げるのは苦手。企業の幹部に求められる要素のうちのひとつ「仮説と検証」の能力が欠けたまま個人事業主になった私に、元師匠は「枝葉の部分の対処を知るよりも、根っこをつかめばいいと思うよ」と言います。次から次へと書籍名を挙げる元師匠の言葉を聞き逃すまいと必死でメモをとり、積読(つんどく)リストに加えていきます。

「根っこをつかむ」とは、本質を理解することを指しています。方程式のように「○○をすれば××できる」といったような定型的な回答がない場合、人はどのように物事を決めているかというと、「以前はこうした」とか「似ている仕事でこうだった」とか「ベテランの人がああ言っていたから」という経験則により判断していることが多いかと思います。つまり、特定の仕事の特定の作業に対してどうであるかというよりも、いくつかの共通点を見出した同様のケースやシーンの場合は、どのように対応していたかをもとに判断し行動しているということになります。これは、何のためにその作業や行動をしているかという本質を理解しているから応用できるということに他なりません。明確な答えが存在しないものに対して問題を提起し、更には答えまで設定して、知識や経験から自分自身で設定した答えに対して仮説を立てていく考え方が必要となってきますが、そのためには本質を理解していないと対応を間違ってしまうことでしょう。
井庭崇、福原義久著『複雑系入門』によると、複雑系とは「分解できないものであり、もし仮にバラバラに分解してみると、本質が抜け落ちてしまうもの」だと定義されています。つまり本質とは、はたから見て関連性が薄いように見えるいくつかのものが組み合わさって見出せるものだといえるでしょう。

しかし、経験は誰にでも等しく蓄積されるものではありません。生まれてきた場所や育ってきた環境によっても何を得てきたかが大きく左右されることでしょう。自営業者に囲まれて育った私であれば、自営業としての肌感覚は何となく身につけていた一方で、サラリーマンとして働くことに関する知識が全くなかったのと同様です。ですが、知識という面においてはカバーすることができます。千田琢哉著『人生で大切なことは、すべて「書店」で買える。20代で身につけたい本の読み方80』によれば、読書とはその道のプロの知恵に本を通じて触れることだと書かれています。知恵とは情報の組み合わせにより生み出されるもので、本は作者が今まで学んできたことを形にした、いわば分身のような存在です。書籍の最後に書いてある参考書籍を見ると、著者が何を読み、知恵として吸収しているかを知ることができ、本を通じて同様のものを教授できるのです。この本の著者も転職や起業を体験していますが、大学時代に山ほど読んだビジネス書に書かれていることばかりで、何ひとつとして「新しいことを行なった」という感覚はなかったそうです。つまり、本を読むことで知識を得ることができ、更には著者が得てきた知恵や経験までも凝縮された状態で手に入れることができるということでしょう。

『独学術』(白鳥春彦著)によると、独学の目的とは、結論を知ることではなく考え方を学び、さらにその考え方を使いこなすことにより独自に新しく考えることだといいます。つまり、まだ答えのないものに対して、ある種の考え方をもとに仮説を立てて検証していくことこそが独学ということになります。しかし、考え方をまなぶことが大切だからといって、個別の枝葉となる情報が全く不要だということではない、と筆者は言っています。「多くの正確な情報から知識が生まれたりもする」と書かれている通り、状況やパターンを見て仮説を立てる必要があるためです。読書によりいままでの生活の中で触れることのなかった情報や考え方をまずはいったん取り入れてみることで、経験上答えをまだもっていないものを解決するきっかけや、世間の動きに気付くためのきっかけを知り、仮説から解決に導くことができるようになるのではないでしょうか。

「良質なアウトプットを1行なうためには、インプットを10しなければならないとされている」「この世の中ではオリジナリティあふれるものの方が少なくて、基本的にはどんな内容も課題も昔の段階で何らかの決着がついているはずだから、本を読んで研究するといい」と、独立したばかりで鞄持ちとして中小零細企業の案件に同行させていただいていた頃の元師匠は口癖のように言っていました。
「守・破・離」の原理にも説かれているように、本に書かれている内容が現状の自分自身の考え方と合わないから“間違い”ととらえるのではなく、合わなくてもまずはそういうものだと思って理解し、本から得た考え方をもとに物事も見てみるのも大事なことなのではないかと思います。そうしているうちに段々と「このパターンはあの出来事に似ている」という知識や知恵の組み合わせが蓄積されていくのです。

「これって、あの本に書いてあったあれとはどう違うんですか?」「その話って、結局あの理論ですよね」「確かに、あの考え方に基づくとそうだから、今回の仕事もそうやって対処するんですね」。
元々は中小企業のいち従業員だった私が、そんな返答をするたびに「いろいろなものが網目状になって繋がってきたね。ひとつ持ち上げるといろんなことが関連して見えてくるでしょ」と元師匠は言います。1年足らずで本棚が1つ埋まるほどに読書を続けた私は、単なるジェットコースター人間から複雑系人間への進化を遂げつつあるのかもしれません。