「クチコミがローコストで確実な集客方法だということはわかりました。でも正直、まったく接点のないところからの新規顧客が欲しいんです。facebookとかTwitterとか、ああいった媒体を使って自動で集客できる仕組みを、どうにかして作れませんか?」。
集客をお願いされたあるクライアントで、打ち合わせの最長に社長が熱心に訴えかけてくる。とにかく早く売上を向上させたいということで、既存顧客への紹介促進策を打ち出したことが、どうにも腑に落ちないらしい。会議室の窓から社員を見渡して、社長に尋ねる。

「確かに、上手にしくみ化している会社は、特に大手に多くあります。今では個人レベルでもfacebookページの『いいね!』を増やすために、診断アプリの作成を薦めるコンサルタントもいるようです。ただ、facebookやTwitterは諸刃の剣なんですよね。専任担当者を付けるくらいの覚悟でないと、効果がでなくてヤキモキする結果になりますが……」。
「facebookやTwitterをやったら、効果が出ると思ったんだけど」と言うので、『ソーシャルメディアマーケター美咲 2年目』を社長に渡す。

書籍には、facebookやTwitterの炎上やリスク対策の事例が、ストーリー立てて掲載されている。書籍を開いた社長が、目の前で怪訝な顔を浮かべる。
「従業員の飲酒運転など、不適切な行為が原因で大事になってしまうケースもありますし、商品・サービスのクレームを見かけたらなるべく早く対応する必要があったりと、悪影響を与えるリスクを極力抑えて運用するには、理想では専任担当者を、難しくてもある程度専任に近い形で担当できる人材は必要になってきます」。
そう補足すると、今はそんな余力はないと肩を落とす。

“悪い噂は、いい噂よりも10倍速く伝わる”と、『口コミ伝染病』に書かれている一文を思い出す。本書では、悪いクチコミはほとんどの業界の場合気にするほどの影響はないと述べているが、第三者の目に触れればいい印象を生むことはまずない上に、飲食関係の業界など、瞬く間に噂が広まってしまう業界もある。悪いクチコミに適切に対応したり、いいクチコミを効果的に伝えるためには、クチコミの管理をかなり意図的に行なう必要がある。

“口コミになるには、商品品質だけでなく、劇的な体験や、伝言ゲームをスムーズに行っていくための仕掛け”を用意する必要があると同書籍で言及している。具体的には「伝染させる(クチコミする)人」「話題になる商品」「話される場所」「話題となるきっかけ」「伝えられるメッセージ」「記憶に粘りつくツール」の6つを項目として挙げていて、これらを人為的に用意することでクチコミが発生するよう、意図的に促していく必要があるのだという。facebookやTwitterというものは、この中の「話される場所」を提供するにすぎない。

仕掛けを用意する手間をかけてでも、「クチコミマーケティング」という言葉が流行するほどに実行されている理由は、インターネットが普及し、情報量が飽和している今だからこそ、購買や行動の決定に信頼できる人の意見が大きく反映されているためだ。消費者が購入までに至るプロセスとして、今まではAIDMAモデルが主流だったが、近年はAISASというモデルに変わりつつある。AISASは、気になった商品があれば検索(Serch)をして値段や性能、実際に使った人の感想を比較してから購入し、最後に使い勝手や感想を共有(Share)するというモデルで、第三者の感想を購入の判断基準として重きを置いている。

後日、毎週参加している世界的なクチコミマーケティング組織の研修に参加する。その組織は、1専門分野1人限定の異業種交流会を各地で開催しており、会員同士がお互いにビジネスを紹介しあうことを義務付けている。多くのビジネスを紹介できるメンバーになるために心がけることを教える研修で、優れたクチコミ発信者の特徴が10個挙げられている。

1. 紹介案件に対しフォローアップすること
2. 前向きな姿勢・態度
3. 熱心でやる気に満ちている
4. 信頼できる
5. 優れた聞き手である
6. いつでもどこでもネットワーキングできる
7. 紹介者に感謝できる
8. 人を助けることが好き
9. 誠実である
10. 自分の人脈に積極的に働きかける

挙げられている10項目は、組織のしくみに沿うように自らが優れたクチコミ発信者であるための表現になっているが、クチコミを広げてくれる影響力のある人を見分けるための基準にもなってくる。

インターネットによるしくみ化されたクチコミマーケティングは、一度出来上がればローコストでうまくいくようになるかもしれない。しかし、クチコミを見たことも会ったこともない人に仕掛けるのは、誰が考えても難しい。だいたいその人物の情報がない以上、その周囲への影響力もまったく分からない。10箇条を少しでも多く満たす人物を見極めて、その人物からのクチコミの発生に全力を尽くす方が、明らかに成果に近い。
経営資源の限られている中小零細企業の取るべき策は、ここでもまた、あまりにも当たり前すぎる策と気付かされる。